よく晴れた日でした。
2003年11月19日3年前ね。今日より3年前の今日の方がすごいよく晴れてた。
そしてもっと寒かったと思う。
3年前の今日は華月にお別れしに行った日。
野音へお別れ会行ってました。今でもホント鮮明に覚えてます。
あの頃は日記とか書いてないから、今記憶に残ってる事を書いてみようかななんて。
結局殆ど一睡も出来ないまま家を出た気がします。学校の制服着て。
10時とかくらいに日比谷に着いて、日比谷花壇で予約しておいた白いカラーを1輪買って。
『Raphaelに初めて会ったのもこの野音。mind soapの握手会。
まだ1年も経たないうちにお別れ会でまたこの場所に来るなんて』
ってずっと思ってた。
その握手会で知り合った人とお別れ会に行った。初めてのRaphel友達。
場内に入った時、あと1歩で会場全体が見渡せるって位置の時に足が止まったんだよね。
ちらっと華月の写真が見えて。『あ。もうだめだ』って思った。
野音のステージには沢山の写真や衣装、ギター、アンプが飾られてた。
会場全体が目に入った瞬間から涙が止まらなくなって。もうずっと。
一緒に行った人はアタシより年上で全然大人のお姉さんだったけど
やっぱりぼろぼろ泣いてた。席に着いて暫くした時
『華月、あんなにおっきかったのに、あんなにちいさくなっちゃった』
って言われて初めて気が付いた。華月の骨壷があることを。
あっという間に場内満席になって立ってる人が沢山いた。
場内に入れない人の方が多かったと思う。13時ぐらいから開式したのかな。
弔辞を浅井さんが読んでくれて。その中のSの遊汝さんの言葉が本当に嬉しかった。
あんなに悲しくて泣いてるのに、遊汝さん有難う。って気持ちが在った。
華月へ
長かった様で短かった一年間ありがとう。
人をうらやましいと思わないオレが
唯一うらやましいと思ったお前を亡くした事はとても残念だ。
お前が出来なかった事、やり残した事は、オレがSでやってやる。
心配するな!!短いけれど一言。
”本当に有難う”
そしてこれからも宜しくお願いします。
S ギター遊汝より
本当に嬉しかったんだ。この言葉。アタシがSに興味持った理由がこれ。
華月が出来なかった事をやってやるって言ってくれた
その遊汝さんのSってバンドの姿を見たいって思った。。。
弔辞が終わってメンバーが出てきたんだけど正直全然覚えてない。
多分見てなかったし、見れなかったんだと思う。
そこから献花式に移って。ずっとRaphaelの曲がかかってた。
自分達の番が回ってきたのは2時間後くらいだったかな。
近づくに連れてがたがたがたがた震えが止まらなくなった。
寒さもあったと思うけど、違うものが明らかにあった。
ステージに端から上がって番を待つ。
自分の番のなった時不思議と震えが止まってた。
華月と一対一。手紙と花を置いて。
声になるのかならないかの声しか出なかったけど
「華月ありがとう」
って伝えた。
泣いて顔上げられなくて、歩くことすらやっと。言葉も何も出ない。
ただただ呆然。ただただ放心状態。
二人でどっかに座ったんだけど言葉は何もなくて。
絶えない人の列を見たり、空見たり、木見たりしてた。
結局日比谷を出たのは17時過ぎ。辺りはかなり暗くなってた。
偶然当時の高校の友達と会って、途中まで一緒に帰ってもらった。
そんな日でした。3年前の今日。
あの頃のアタシには今のアタシ、到底想像付かないね。時間は流れるね。
だってアタシが髪染めてパーマかけてピアスしてバンドやってんだよ?
何よりこうやって振り返れるっていうのがね。今幸せなんだと思う。多分。
思ってるだけで絶つ勇気なんて全然なかったと思うけど
でも今、こうして毎日があって、好きな事とか楽しい事があって、
友達に会ったり話したり遊んだりして、生きてて良かったな・・・って思う。
これ、今の気持ちです。
嗚呼。なんかしんみりだね。
クラーイクラーイクラーイクラーイ!(落武者
今日はバイト研修行ってちょっと楽しかったです。
明日はスタヂヲだ。新曲完成させなくちゃ。
そしてもっと寒かったと思う。
3年前の今日は華月にお別れしに行った日。
野音へお別れ会行ってました。今でもホント鮮明に覚えてます。
あの頃は日記とか書いてないから、今記憶に残ってる事を書いてみようかななんて。
結局殆ど一睡も出来ないまま家を出た気がします。学校の制服着て。
10時とかくらいに日比谷に着いて、日比谷花壇で予約しておいた白いカラーを1輪買って。
『Raphaelに初めて会ったのもこの野音。mind soapの握手会。
まだ1年も経たないうちにお別れ会でまたこの場所に来るなんて』
ってずっと思ってた。
その握手会で知り合った人とお別れ会に行った。初めてのRaphel友達。
場内に入った時、あと1歩で会場全体が見渡せるって位置の時に足が止まったんだよね。
ちらっと華月の写真が見えて。『あ。もうだめだ』って思った。
野音のステージには沢山の写真や衣装、ギター、アンプが飾られてた。
会場全体が目に入った瞬間から涙が止まらなくなって。もうずっと。
一緒に行った人はアタシより年上で全然大人のお姉さんだったけど
やっぱりぼろぼろ泣いてた。席に着いて暫くした時
『華月、あんなにおっきかったのに、あんなにちいさくなっちゃった』
って言われて初めて気が付いた。華月の骨壷があることを。
あっという間に場内満席になって立ってる人が沢山いた。
場内に入れない人の方が多かったと思う。13時ぐらいから開式したのかな。
弔辞を浅井さんが読んでくれて。その中のSの遊汝さんの言葉が本当に嬉しかった。
あんなに悲しくて泣いてるのに、遊汝さん有難う。って気持ちが在った。
華月へ
長かった様で短かった一年間ありがとう。
人をうらやましいと思わないオレが
唯一うらやましいと思ったお前を亡くした事はとても残念だ。
お前が出来なかった事、やり残した事は、オレがSでやってやる。
心配するな!!短いけれど一言。
”本当に有難う”
そしてこれからも宜しくお願いします。
S ギター遊汝より
本当に嬉しかったんだ。この言葉。アタシがSに興味持った理由がこれ。
華月が出来なかった事をやってやるって言ってくれた
その遊汝さんのSってバンドの姿を見たいって思った。。。
弔辞が終わってメンバーが出てきたんだけど正直全然覚えてない。
多分見てなかったし、見れなかったんだと思う。
そこから献花式に移って。ずっとRaphaelの曲がかかってた。
自分達の番が回ってきたのは2時間後くらいだったかな。
近づくに連れてがたがたがたがた震えが止まらなくなった。
寒さもあったと思うけど、違うものが明らかにあった。
ステージに端から上がって番を待つ。
自分の番のなった時不思議と震えが止まってた。
華月と一対一。手紙と花を置いて。
声になるのかならないかの声しか出なかったけど
「華月ありがとう」
って伝えた。
泣いて顔上げられなくて、歩くことすらやっと。言葉も何も出ない。
ただただ呆然。ただただ放心状態。
二人でどっかに座ったんだけど言葉は何もなくて。
絶えない人の列を見たり、空見たり、木見たりしてた。
結局日比谷を出たのは17時過ぎ。辺りはかなり暗くなってた。
偶然当時の高校の友達と会って、途中まで一緒に帰ってもらった。
そんな日でした。3年前の今日。
あの頃のアタシには今のアタシ、到底想像付かないね。時間は流れるね。
だってアタシが髪染めてパーマかけてピアスしてバンドやってんだよ?
何よりこうやって振り返れるっていうのがね。今幸せなんだと思う。多分。
思ってるだけで絶つ勇気なんて全然なかったと思うけど
でも今、こうして毎日があって、好きな事とか楽しい事があって、
友達に会ったり話したり遊んだりして、生きてて良かったな・・・って思う。
これ、今の気持ちです。
嗚呼。なんかしんみりだね。
クラーイクラーイクラーイクラーイ!(落武者
今日はバイト研修行ってちょっと楽しかったです。
明日はスタヂヲだ。新曲完成させなくちゃ。
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